天気が良く清々しい、作家の諏訪さんと竹橋にある東京国立近代美術館『William Kentridge-歩きながら歴史を考えるそしてドローイングは動き始めた』を見に行く
今回、日本で初めての大規模な展覧会ということですが、これが期待以上に良かった。
作家を取り巻く外面的な環境や時代背景とそれらを汲み取っていき構築されていった内面的な世界観を1つの物語として紙に木炭やパステルなどで描いたものを1コマ1コマ撮影し(1コマずつ新しい紙に描くのではなく1枚の紙に描いたドローイングを動かしたい・変容させたい部分だけ、消しゴムなどの素材で消去し新たに描き起こしたり、新たに継ぎ足したりしています)それらを1つの映像として提示しているのですが、作者の意図が全て汲み取れなくても(汲み取れないからこそ第3者の思考が介入できる)そのディテール(紙、木炭などのメディウムや消した後に残った木炭、消しゴム、ちぎれて丸くなった紙の痕跡)が痛々しくも美しい、ただ乱暴に作業を行っているわけでは決してない。作家からしてみると結果的に生まれたものでこのような方法を出来る数少ない作家として中村一美氏を思い出した。気が付くと2時間程拝見、図録を購入し次は銀座 メゾンエルメスでの小谷元彦『Hollow』をみる。
うーん・・・見えないものを形に表出したいという欲求はわからなくもないけど趣味的すぎるのかしら?お次はSHISEIDO GALLERY『曽谷朝絵展』制作方法が以前(バスタブシリーズ)と全く変わったように感じたのですが意図的に行ったのでしょうか?最後はコバヤシ画廊『杉田和美展』を見た後、お茶をしたのでした。